冤罪を生まない司法へ

笹倉香奈

ささくら・かな | 

1978年生まれ、甲南大学法学部教授、専門は刑事訴訟法。


笹倉香奈さん(甲南大学教授、刑事訴訟法)に聞く

 

SBS裁判の無罪判決

――つい先日、SBS(揺さぶられっ子症候群)が問われた裁判で逆転無罪判決が出ました(大阪高等裁判所2019年10月25日)。孫への虐待死をいわれた事件でしたが、ずっと支援していらしたんでしょう。

 

笹倉 控訴審段階から関わっておりました。

経緯を申し上げます。そもそもSBSで養育者が疑われた事件で冤罪が起きているのではないかと日本で本格的にいわれ出したのが2017年前後からです。その前からおかしいなという動きが弁護士さんのなかではあったようですが、この問題に正面から取り組むようになったのは秋田真志弁護士(大阪弁護士会)と私とで揺さぶられっ子症候群に関するプロジェクト「SBS検証プロジェクト」を立ち上げた2017年からです。

私自身はその前年の2016年に「えん罪救済センター(イノセンス・プロジェクト・ジャパン)」の設立にも関わっていました。契機になったのがアメリカのワシントン大学へ2011年から2012年にかけて留学に行ったときに、同大学のイノセンス・プロジェクト(DNA鑑定によって冤罪証明を行う非営利活動)に参加して、自分でも事件を担当したことでした。

その当時、アメリカでは冤罪が疑われるSBSの事件がたくさんありました。科学的には問題のある医師の意見によって有罪にされてしまっているんじゃないかということが話題になり、雪冤(せつえん)される事件が増えてきたころだったのです。ただ私は当時、SBSの事件は担当していなくて、DNA関連の事件を担当していました。帰国してから報道などで、日本にもSBS事件があるということを知りましたが、本格的には取り組めていませんでした。

えん罪救済センターを2016年の4月に立ち上げた後、17年の1月に大阪の秋田弁護士から「揺さぶられっ子症候群の事件を担当している。海外の文献を笹倉さんが集めているようなので、それをもらえないか」と連絡が来ました。それを送ったら、秋田弁護士が海外ではこんな議論になっているのかとびっくりされました。そこからメールのやりとりをしていくなかで、秋田先生のほかにもSBS事件を持っている弁護士の方が大勢いらっしゃることが分かったんです。

個別に情報交換していたんですが、これではいけないと思ってメーリングリストを立ち上げ、さらに「SBS検証プロジェクト」を正式に立ち上げたのが2017年の9月でした。組織的に取り組むだけではなく、高度な科学的な議論をする必要があります。しかも海外の議論を参照しないとたたかえないんじゃないかということになり、プロジェクトを立ち上げたのです。

実はその直前の8月にスウェーデンに調査に行きました。スウェーデンでもSBS冤罪が問題になっていて、2014年には最高裁判決でSBSの「三徴候」で診断する科学的エビデンス(証拠・根拠)は疑わしいということで逆転無罪になった事件がありました。2016年にはスウェーデンの社会保険庁のもとにある医療技術評価協議会(SBU)が「三徴候によるSBSの診断には科学的エビデンスがない」という報告書を出しています。そういうことがあってスウェーデンに行っていろいろな人に話を聞いたわけです。そこで、これは組織を立ち上げて検証すべきだということになり、SBS検証プロジェクトを2017年9月28日に立ち上げました。

おっしゃった山内泰子さんの事件はその4日後の10月2日に「一審の判決公判がある」と聞いて、一審の弁護士は知らない方々でしたが傍聴に行きました。判決の内容が本当にひどかった。小児科医と法医学者が検察側の証人として出てきたのですが、この2人はほかのSBS事件でも証言をしていました。山内さんの事件では、この2人の証言が信用できる、相互に矛盾もしていないということで、裁判官は有罪判決を言い渡しました。

その証言ですが、身長146センチで体重42キロ、当時66歳の小柄な女性が6キロ近くあった赤ちゃんを前後に激しく揺さぶることができたというのです。すごく細い方なんです。

一審判決は、医師証人らの証言を容れて「椅子に座らせて揺さぶったのならできないこともない」というような認定をしたんです。動機についても、「子どもを預かっていて、急に腹が立って揺さぶる、虐待するということはあり得る話だ」というような仮定の話ばかりで組み立てられていました。これを聞いておかしいなと思って、怒りを覚えました。

判決の言い渡しが終わった後、ご遺族の方が法廷で泣き崩れていました。山内さんのご家族は皆さんで傍聴に来られていましたが、ご遺族は山内さんの二女でした。その方からすれば、自分の母親は5年6月の懲役を言い渡されて刑務所に行く、娘さんは亡くなってしまっている……、こんなことがあるのかと思って、すごく腹が立って、裁判所の1階に降りていったら、ちょうど我妻路人弁護士がいらしていました。「有罪判決と聞いたので、これから面会に行ってきます」とおっしゃっていました。それで控訴審からは我妻先生を主任弁護人に、秋田先生など、SBS検証プロジェクトに参加していた弁護士を中心に弁護団を組んだという経緯でした。

 

SBS三徴候と「虐待防止」の世論

笹倉 山内さんの事件の1審を担当した弁護士さんは、赤ちゃんが揺さぶられたことを前提に、上の2歳のお嬢さんが小さい赤ちゃんの髪の毛を持って揺さぶったことがあって、それがSBSの原因じゃないかというストーリーでたたかっておられました。新しい弁護団は、ほかに原因があるのではないかと思っていたようです。

ちょうど翌年の2018年の2月に、SBSに関する第1回の国際シンポジウムを龍谷大学で開催しました。そこにイギリスから招待した、この問題の第一人者である神経病理医のウェイニー・スクワイア先生に画像を見せたところ「静脈洞血栓症という病気が赤ちゃんにあったのではないか、それによって脳のなかの血管が詰まって、詰まって出血してしまったのではないか」という所見を得たのです。「ええっ?」 ということになりました。日本の脳神経外科の先生も、やはりそうではないかという話になりました。つまり揺さぶりではなくて、病気で亡くなってしまったんだということで、新たに控訴審の弁護を組み立てていくということになったのです。

さて、話を少し戻します。

SBS理論というのは、「三つの症状(三徴候)」があれば、子どもが揺さぶられたと推定できるという理論です。英米で1970年代から広まり、それが「児童虐待防止」の流れとともに全世界に広まっていくわけです。

でも、SBS理論には、様々な問題もあります。

三つの症状というのは、硬膜下血腫と脳浮腫と眼底出血です。この三つの症状があれば揺さぶられたというのです。もともとは「揺さぶられたら三つの症状が出るかもしれない」という仮説として提唱されました。それがいつの間にか「三つの症状があれば揺さぶられたと推定できる」という理論に変わっていきました。つまり赤ちゃんは自分で自分を揺さぶることはできませんから、だれかが揺さぶった、すなわち虐待したという理論になっていくんですね。

風邪をひくと熱が出ます。だけど、熱が出たらイコール風邪だとはいえないわけです。ほかにも風邪の原因はいろいろあり得ます。それと同じように、揺さぶられたらたしかに三つの徴候が出るかもしれないけれども、だからといって三つの症状があったら揺さぶられたとは限らないわけですね。「逆は必ずしも真ならず」です。

そういうことで、2000年代になるとアメリカやイギリスなどで、低い位置からの落下で頭を打って同じ三つの症状が出るとか、山内さんの事件みたいに、何かの病気があって三つの症状が出るとか。赤ちゃんは急に呼吸が止まってしまうことがあるので、それで脳に酸素が行かなくなって三つの症状が生じるのではないかとか、ほかの原因があるのではないかという研究が出てきたのです。

でも、日本では、近年、児童虐待は絶対防止しなければいけない、許してはならないという世論が強まっていました。そういうなかで、SBS理論を推進するお医者さんたちの意見というのが強かったわけです。それではいけないのではないか、科学的にもう少しちゃんと原因を検証する必要があるのではないかということで、活動を続けているという状況です。

山内さんの事件では、たまたま別の病気があったということが分かって、それをちゃんと見てくださる裁判長が控訴審で担当されたこともあり、しかも弁護団もちゃんとSBSの問題について詳しい方々が担当し、脳神経外科の専門家の先生方も証言してくださり、裁判としては無罪判決に結びついたという感じですね。

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