エンゲルス生誕200年によせて

岩佐 茂

いわさ しげる | 

社会哲学


はじめに

今年は、エンゲルス生誕200年にあたる。エンゲルスは、1820年11月28日、ドイツの産業都市バルメンで、工業主の息子として生まれた。マルクスよりも、2歳若い。エンゲルスがマルクスに最初に会ったのは、1842年11月のことである。そのときは素っ気ない出会いだったと伝えられている。2人が再会したのは、1844年の夏、パリにおいてであった。そのときは、エンゲルスは10日間ほどマルクスの家に滞在し、飲食をともにして議論するなかで、互いに思想的に一致して、友情を育んだ。

2回目の出会いで10日間も一緒に生活するのは、2人の青年が人間的に共感し、思想的に共鳴したからであろう。エンゲルスは、「愉快に人間らしい気持ちになった」10日間だったと振り返っている(1844年10月上旬のマルクス宛て手紙、第27巻8頁)。以降、マルクスとエンゲルスとは、生涯を共にした友として、思想的なパートナーであり、社会変革の同志であった。

かれらは、協力し協同で変革の思想を創りあげた。それがマルクス主義である。だから、マルクス主義は、マルクスだけの思想ではない。2人の思想とそれを継承した思想や運動の全体を指して、そう呼ぶ(しばしば、そう見られているが)のも適切ではない。だからといって、マルクスとエンゲルが個々の問題にまで意見がまったく一致していたとみなす必要はない。そう考える方が、むしろ不自然である。2人は別の人格なのだから、独自の問題関心やアプローチの相違、力点のおき方に違いがあるのは当然だと思う。エンゲルスは兵役を経験したこともあり、軍事研究に関心があり、それを主題とした一連の論文を書いているが、マルクスには、そのような問題意識はなかった。大切なのは、2人の基本的な考え方が一致していることを確認し、その思想的・理論的な基調を明確にすることである。

1 マルクスとエンゲルスの協力し協同した思想形成

(1)2人の違いに注目することの大切さ

マルクスとエンゲルスの映画(大月書店)やマンガ(高文研)を見てもわかるように、2人の個性はかなり異なっている。それだけではなく、発想や文章表現も異なっている。エンゲルスは雄弁家であったが、マルクスはそうではなかった。思想的な文章を書くようになってからは、マルクスは、現実を掘り下げてそれを総体としてつかみ取ることに傾注し、そのための言葉を紡ぎ出したが、エンゲルスは、現実の本質的なものを直観的に鋭くとらえて、流暢に叙述することが得意であった。

したがって、マルクスとエンゲルスの関係を論じるときに大切なのは、2人の意見の違いにも留意しながら、協力して創りあげた思想的・理論的な考え方を明らかにすることである。意見の違いに注目することは、2人の思想を異なったものとしてとらえたり、対立させたりすることではない。協力して協同で思想を練りあげていく過程では、違いから意見の交換や議論が重要になる。意見の違いがなければ、議論は深化しない。意見の違いに注目することは、協力して協同で思想を練り上げていった過程を生きいきと浮かびあがらせることにつながるであろう。少なくとも、私はそう思っている。

マルクスは、エンゲルスに思想的・理論的な刺激や影響をあたえたし、エンゲルスもまた、マルクスを経済的に支援しただけではなく、思想・理論面でも、マルクスに刺激や影響をあたえたからである。この影響関係は相互的である。2人がどのように意見を交換し合いながら、思想を煮詰めていったのかの一端は、1500通以上にのぼる往復書簡によって、伺い知ることができる。日常的な会話や議論も含め、2人の理論的・思想的交流が豊かにおこなわれていたであろう。

一例をあげれば、ダーウィンの『種の起源』については、エンゲルスが1858年11月24日に発売されるとすぐに買い求めて読み、12月11日か12日付けのマルクス宛て手紙で、「いまちょうどダーウィン読んでいるが、これはなかなかたいしたものだ」と書き送っている(第29巻409頁)。マルクスも、1年後に『種の起源』を読み、その意義を繰り返し指摘した。その後、エンゲルスも、「進化論」を、「細胞の発見」、「エネルギーの転化」とともに、「3つの偉大な発見」(第21巻299~300頁)と呼び、進化論の意義を確認している。

マルクスとエンゲルスが協力して協同で思想を創り上げたという場合、2人の意見の違いにも注目することは大切である。そのほうが、マルクス主義を膨らみのもった、より豊かな思想としてつかむことになるであろう。

 

(2)エンゲルスにたいする誤った解釈動向

マルクスとエンゲルスの意見の違いを固定的にみるのではなく、そこから合意にいたる過程に注目すること、個々の問題での意見の相違があっても、思想的・理論的基調の一致を確認することが大切である。しかし、しばしば、意見の違いがことさらに強調される場合がある。その場合は、きまったようにエンゲルスが矮小化され、一面化されて解釈されている。

2人の違いが強調されるのは、マルクスとエンゲルスの思想を一体なものとして受けとめようとする潮流にたいする反発でもあろう。2人の思想を一体化してとらえようとするのは、ロシア・マルクス主義のうちに色濃くある見方である。2人の思想的・理論的な考え方が同じであるとしても、個性や発想、独自の問題関心、アプロ

ーチの違い、個々の問題にたいするとらえ方の違いを無視することは、2人が協力し合いながら創りあげた思想を逆に貧弱なものに変えてしまうことになるであろう。

それにたいして、2人の違いを強調する傾向は、西欧マルクス主義や文献学的研究にもとづく「マルクス学」の周辺に色濃くある見方である。マルクスの思想は、エンゲルスの思想とは異なっているとみなすのである。マルクスの思想は実践的唯物論であるが、エンゲルス・レーニンの思想は俗流唯物論である、あるいは、マルクスは弁証法を歴史のなかで追求した唯物史観であるが、エンゲルスは自然の弁証法を一般的に(それゆえ、図式化して)展開したといった見方である。

マルクスとエンゲルスの思想を一体とみなす矮小化された見方にたいして、2人の思想的・理論的な違いにも留意しながら、協力して協同で思想を創りあげたということについては別論で論じた(*2)ので、ここでは、マルクスとエンゲルスの見解を異なったものとしてひたすら切り離そうとし、そのために、矮小化した一面的なエンゲルス像をつくりあげようとする傾向に批判的にコメントしてみたい。唯物論と弁証法にかんするものである。

(以下は本編をご覧ください)

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