東大闘争50年

―「確認書」の意義と今日の大学

 

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《出席者》

大野 博さん(1965年文科Ⅰ類入学)
伊藤谷生さん(1965年理科Ⅰ類入学)
大窪一志さん(1966年文科Ⅲ類入学)
柴田 章さん(1967年理科Ⅱ類入学)
光本 滋さん(高等教育論、北海道大学准教授、問題提起)

 

惨憺たる大学のいま

 

大野 きょうの座談会ですが、今日の大学が一言で言えば惨憺たる有様で、なぜそんなことになったのか、そのことと東大闘争のプロセスや帰結がどういうふうに影響を及ぼしているのか、及ぼしていないのか、というあたりの議論をしたいというのが、東大闘争後、東大や千葉大で教員をされてきた伊藤さんの強い希望です。それで、伊藤さんとその問題で意見を交わされてきた光本さんに出席いただき、東大闘争の当事者ではない、はるかに若い世代からの問題提起を受けて議論をしては、ということです。

でも、逆に言うと何でもかんでも東大闘争のせいにしないでくれと、大学の現状は伊藤さんたちがつくったんじゃないかと言いたくなることでもあるので、そのへんはあまり硬く考えずに進められればと思います。

柴田 ぼくが大学にいたのはたかだか6年間で、あとは外から見ている状況だったので、そういう点では、現在の大学の状況に照らしてどうかということになると、まったくど素人ということになる。しかし、50年前のことを思い出話ではなくて、今日の問題としてどう考えたらいいかを語ろうということですね。

大窪 60年代後半の学園闘争は、大学だけじゃなくて社会運動全体にかかわるもので、その後ぼくらがやってきたことに全部関係しているんだよね。大学がダメになっていく過程と職場がダメになっていく過程はパラレルなところがある。伊藤さんや光本さんは大学からの視点で、ぼくらはもうちょっと広いところで、というふうにやったらいいんじゃないか思う。

大野 わかりました。まず光本さんから、考えていることをお話しいただきます。伺うところでは1970年生まれだそうですね。ですから、われわれが東大闘争で「闘い抜くぞ!」と言っていた時はまだ生まれていなかったということだよね。それだけに我々とは違った目でいろいろ伺えるかもしれません。よろしくお願いします。

光本 私は1990年に一橋大学に入学しました。まだ学長選への学生参加制度が残っている珍しい大学でして、私も在学中に一度投票の機会がありました。さらに珍しいことに、団交を学生自治会と大学執行部が確認書に基づいてやっていました。キャンパス移転問題が91年、93年にあり、当時、阿部勤也が学長で、だいぶ揉めましたが最終的に確認書を結んでキャンパス移転を学生も認めました。私は学生自治会の委員長でした。今思うと対応はつたなかったし、団交のときは罵声を浴びせたりしましたが、大学執行部の方々はよく真摯に対応してくれたと思います。90年代にそういうことをやっている大学はほとんどなくて、希有な経験だったかと思います。

考えますと、日本のかなりの大学でそういうことがふつうに行われている時代があったわけですね。しかし、現在の大学にはそれがほとんど引き継がれていません。どこで何が変わったのかということは私自身も考えていかなければいけないんですけれども、まずは大学の惨憺たる有様ということで、いくつか申し上げます。

いわゆる大学の自治が解体されていることです。2014年に学校教育法が変わり、教授会の審議権というのがかなり限定されてしまいました。教授会自治ということに対しては、東大闘争時の学生自治会は批判的なスタンスで、それは全構成員自治に拡大していくという文脈から言われていたと思います。しかし、全構成員自治どころか教授会自治がいまや奪われているという状況です。

大学自治を否定した先にあるのは、大学の種別化と高等教育制度の再編です。従来からある格差構造を用いて大学を再編し、明確にタイプの違う機関に分離しようというものです。こうした「改革」は、経済界の要請をバックに、政府の主導により行われています。教育の目的を人的資本形成と考え、どの大学、どの分野に投資するのが最も効率的かを出資者が判断します。大学はそれに応じて研究・教育の内容、組織を変更するよう迫られます。出資者は政府、経済界、そして学生も含みます。大学側にもこれに呼応する動きがあります。2017年に指定を受け、今年4月に発足した「指定国立大学法人」は、大学が「企業の本気の投資先になる」ことを謳い文句にしています。政府は、本来、国民の学問の自由、公教育としての大学教育を支えるのが役割のはずです。しかし近年は、大学に対する出資を政策と連動した補助金にシフトし、大学を政策の実行部隊と見なすようになっています。

ご記憶にあると思いますが、2年ほど前、「文系廃止」問題というのがありました。文科省が、国立大学の組織は「『ミッションの再定義』で明らかにされた各大学の強み・特色・社会的役割を踏まえた速やかな組織改革に努めることとする」という大臣決定を行い、特に教員養成系と人文社会科学系を名指ししたのです。昔でしたら、大学側から相当な批判が起こっておかしくないのですが、ほとんど起こりませんでした。実はその数年前に、「ミッションの再定義」ということで大学自らが今後どういう改革に取り組むかという文書を文科省に差し出しています。これは、改革をやりますというフォーマットがありまして、書かされているわけです。昔だったら考えられないようなことなんですが、とにかく大学はいま政府が言うことにはほとんど唯々諾々と従っている状況です。これは何故なのか。私の学生時代から見ても、相当変質、衰退したと言わざるを得ません。大学が見識を持って社会に対して発信していくという信頼は、このままだと失われてしまうのではないかと強く思っております。

2004年に国立大学が独立行政法人化され国立大学法人となり、国が大学に対して中期目標を与え、業務実績を評価して組織の改廃を行うという体制がつくられました。法人化以前の、国立学校特別会計への一般会計から繰入れに相当する運営費交付金は、法人化後14年で1400億円余り削減されました。伊藤さんの試算では、2017年度の運営費交付金は、物価指数を考慮すると1980年代前半の水準だそうです。2016年度からは、国は交付金の配分を通じた大学の種別化をすすめています。大学を「地域」「全国」「世界」の三つに種別化し、それぞれのグループ内で交付金を再配分することにより競わせていくというものです。再配分後の交付金は、文科省に提出した「取組」にしか使えないため、たとえ評価がよくても、大学の通常の経費は少なくなる一方です。

このようななかで、個別的な利害しか大学は考えなくなっています。大学自体がそうなら、教員も自分の身の回りのことしか考えなくなっています。そういった構造が教育行政とか政策によってつくられてきた面もありますし、大学の中に温存されてきていた面もあるかと思います。それを問うたのが東大闘争の一つの大きな論点だったのではないでしょうか。そのあたりがどうだったのかということを今日お伺いできればと思っております。

 

同世代の50%を受け入れる高等教育機関

 

伊藤 「ミッションの再定義」は教育系では?。

光本 たとえば、教員養成系大学・学部は、すべて新課程を廃止させられました。また、必ず「教員採用率○○%」というような数値目標を掲げています。組織のあり方や教育の目標を自主的に決めることができないのです。廃止した新課程の定員は、新しい学部の原資に充てられています。

大野 ミッションって、要するに使命ですね。それぞれの大学にミッションを再定義しなさいということは、よく言えば、あなたの大学は何のために存在しているのか、このことを自分自身で明確にしなさいということですね。

光本 そうですね。

大野 考えようによっては良い機会ともいえる。

伊藤 それは違うと思う。ミッション再定義というのは各大学の自由意思で作成される中期目標への介入。そもそもが国立大学法人法にも規定されていない脱法行為の強制なのです。文科省のホームページによると、理科系では、東大をはじめとする旧7帝大などでは「世界トップクラスの実績」に対して、かつて私が勤務していた千葉大学を含めて旧6官立大などでは「世界トップクラスに準ずる実績」が求められるというように、初めからミッションを分けられている。〝準ずる〟って何よ。この旧7帝大とか旧6官立大とかというグループ分けは明治以来の主として設立順や設置形態による国立大学の序列であり、この序列に基づいてミッションが強制されるというのが実態なのでは。これに従わなければまず文科省は中期目標を受理しないので、大学は従わざるを得ない。

大野 ということは、全国的にミッションの再定義をしなさいと号令かけているけれど、実は暗々裏に政府・権力のめざす大学の序列化……。

大窪 露骨な種別化と序列化。

大野 そういうものが背景にあって、それを書かせよう、そういうふうにミッションを自覚させようという動きだと理解しておけばいいですか。

光本 はい。

柴田 大学の種別化、序列化とかかわって、素朴な疑問ですが、1968年の東大闘争の5年前、1963年に大学の進学率が15%を超え、大学の大衆化の一つの指標だと言われていた。それが2005年には大学進学率が50%を超えるようになっている。少なくとも高等教育を支えるためにはいろいろ要件が言われていて、一つは、理念、ミッション。二つ目にそれを実現する財政的な基盤。それから、それを理念の実現に意欲ある教員。そして、そういう大学の理念に基づいてしっかり勉強しようという意欲や学力があり、ある程度の授業料を支払える若者、もしくは社会のサポート。それらを前提に大学は成立する。50%を超えるような人が大学に行こうというときに、「高等教育」はいかにして可能なのか。半世紀前とは抜本的に異なる発想が求められていると思います。

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