マルクスの思想をどう受け継ぐか

岩佐 茂

いわさ しげる | (社会哲学)



はじめに

 

今年は、マルクスが生まれてから200年にあたる。この間、マルクスの思想はマルクス主義として世界中に広まり、大きな影響力を発揮した。マルクス主義の思想と運動を振り返れば、大きく三つの波によって特徴づけることができるように思う。

最初の波は、産業革命と鉄道や蒸気汽船による交通の拡がりがもたらした資本主義の現実のなかで、マルクスその人と協働者のエンゲルスによって創りだされた。第2の波は、ヨーロッパの資本主義国列強が帝国主義的侵略をグローバルに推し進めたなかで、レーニンが主導したロシア革命によってもたらされた。

第1の波は、労働者階級の解放のために資本主義にかわる新しい社会経済システムを創りだす思想や運動がヨーロッパ各地に波及していったことによって特徴づけられるし、第2の波は、ロシア革命の成功によって二つの社会経済システムが併存するなかで、マルクス主義が世界各地に波及していったことによって特徴づけられる。第3の波を特徴づけているのは、東欧の社会主義体制の崩壊や現代資本主義のグローバル化のなかで噴出している富の偏在、南北問題、環境問題、等々、新しい多くの社会問題の噴出にたいして、マルクス主義によるポスト近代、ポスト資本主義を模索する思想と運動の拡がりである。新しい第3の波をひき寄せるためには、マルクスへ回帰し、第2の波の負の側面を等閑に付すのではなく、それとも向き合い、克服することが必要であるだろう。

第2の波では、マルクス・レーニン主義がマルクス主義の正統な発展とみなされ、さまざまなヴァリエーションをもって世界中にひろまっていった。植民地からの民族独立運動にも大きく影響を与えた。だが、正統マルクス主義は、世界史における「弱い環」や焦点となったところで社会変革をもたらしたが、マルクスが展望したような、先進資本主義国における革命には貢献しなかった。

そのため、先進資本主義が抱える諸問題に真正面から立ち向かうことがなく、それを過小評価するか、看過してきた。その結果、自らの理論体系のうちに、個人の尊厳や市民的自由、疎外論、物象化論、市民社会論などを位置づけることができず、そのため、コルシュやルカーチ、グラムシらの――戦後では、H・ルフェーブルらも含めて――西欧マルクス主義が、正統マルクス主義が解明しえなかった資本主義が抱えている諸問題にかかわってきた。正統マルクス主義の視点からは、西欧マルクス主義は修正主義とみなされたし、西欧マルクス主義の視点からは、正統マルクス主義はマルクス主義のロシア的特殊化とみなされた。

しかし、どちらも一面的であった。正統マルクス主義は、社会的諸現象を搾取論・階級論の視点からだけ説明しようとする短絡的・直線的思考が強かった(媒介的思考の欠如)し、西欧マルクス主義は、階級の視点が弱く、若きマルクスのヒューマニズムに注目しながらも、それを労働者の生活や運動に思想的に具体化したり、人間にとって自然のもつ意味を掘り下げたりする姿勢に希薄であった。第2の波では、両者は相互に補完し合っていたといえる。第3の波は、第2の波のもっていたネガティブな側面をも他人事とするのではなく、自らひき受け、のり超えていく必要があるであろう。そのためにも、マルクスに立ち返える必要がある。生誕200年が、そのような場の一つになれば、と思う。

 

1 マルクスは働く者の生活を重視した

 

マルクスの思想の根幹にあるのは、人間的に生活しようとする生活者の思想である。私はそう思う。マルクスは「生活者」と言う用語をカテゴリー化してはいない。だが、若い時より、「生活」「生活活動」「生活過程」「生活関係」の概念を終始重視してきた。これらの概念の主体は、生活する者、すなわち生活者である。それゆえ、生活にかかわる一連の概念をマルクスの思想の要をなすものとして重視するならば、マルクスの思想を生活者の思想とみなすことは的を射ているであろう。

もちろん、マルクスの言う生活とは、労働との対比で用いられる消費生活のことではなく、労働生活や消費生活、自由時間の生活を含めた人間の生活の営み全体を指している。それゆえ、生活者も、よく言われるように、たんに消費者としての生活者ではなく、労働し、消費し、余暇を楽しみながら、自らの生を生きぬく生活者を意味している。もうひとつ留意しておく必要があるのは、マルクスが生活の概念で問うているのは、働く者の人間的な生活であり、資本家の生活ではない。資本家は「人格化され、意志と意識とを与えられた資本」(『資本論』)として資本の代表者であり、人間的生活からは疎外されているからである。

 

経済学研究を始める前のマルクス

若きマルクスが働く者の生活をいかに重視していたかは、いくつかの言説を取り上げてみただけでも明らかである。

大学卒業後編集長として最初にかかわった「ライン新聞」では、「木材窃盗取締法にかんする討論」の論評で、枯枝あつめと木材窃盗をライン州議会が一緒くたにして「窃盗」として罰しようとしたことを批判し、枯枝あつめという「貧民の慣習的権利」を擁護した。この主張は、「貧民」の生活に密着し、その生活を擁護しようとしたものである。

1年後に書いた「ユダヤ人問題によせて」では、マルクスは、近代社会では人間の生活が「政治的共同体における生活」と「市民社会における生活」とに、「公人と私人」とに分裂していることを考察した。そのさい、マルクスが重視したのは、諸個人の現実の生活であった。それは、市民社会における「利己的な生活」として「自己疎外」された生活である。マルクスは、このような「私人」の生活の「自己疎外」を批判し、現実生活のうちに人間生活に不可欠な公民性・協同性を取り戻す必要を主張した。

同じころに書いた「ヘーゲル法哲学批判序説」(プロレタリアートの概念を発見した論稿)では、人々の日常生活に深く入り込んでいる宗教を取り上げて、人間が彼岸の生活、宗教に向かうのは、苦渋にみちた現実生活からの逃避、現実の生活からの疎外であるとみなした。ここには、人々の精神生活の意味を、その現実の生活のなかで問い直そうとするマルクスがいる。マルクスは資本主義の経済分析を始める以前から、人々の現実の生活を重視していたことがわかる。

 

『経・哲手稿』と『ドイツ・イデオロギー』のマルクス

どちらも、手稿である。『経済学・哲学手稿』(以下、『経・哲手稿』と略)は、マルクスの最初の経済学研究の成果であり、『ドイツ・イデオロギー』は、それを踏まえたエンゲルスとの共著である。2つの手稿によって、唯物史観が基本的に確立された。

『経・哲手稿』の「第一手稿」では、私的所有の本質として「疎外された労働」が論じられた。労働は、他の動物と異なる人間の「生活活動」としてとらえられ、それが私的所有のもとで「疎外された労働」となっていることが分析されている。「第三手稿」では、「経済的疎外」を踏まえた「疎外された生活」や「生活の享受」、およびヘーゲルの否定性の弁証法に学んだ疎外の止揚の論理が展開された。『経・哲手稿』は、疎外された労働、疎外された生活を批判するとともに、人間的労働、人間的生活を問うものであった。

『ドイツ・イデオロギー』では、人間的諸個人の現存と衣食住の充足といった諸個人の生活が「歴史の最初の前提」であることが語られ、諸個人の「現実的な生活過程」が主題的に論じられた。人間生活の基本は、諸個人の衣食住の充足と子供を産み育てることにあるからである。マルクスとエンゲルスは、唯物史観を論じる基礎としてそのことを重視したのである。

『経・哲手稿』と『ドイツ・イデオロギー』をとおして、マルクスが議論の中心にすえていたのは、働く者の生活であった。「諸個人」の概念も働く者としての諸個人であることはいうまでもない。働く者の生活の特徴の一つは、人間の生活が労働によって媒介され、創られているということである。もう一つは、労働や生活における協同性を重視したことである。人間は「共同的存在」であり、労働においても、子供を産み育てることにおいても、協同性は欠かせないからである。

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