日本大学のガヴァナンス不全の背後にあるもの

一教職員組合員から見た田中英壽理事長体制の10年

鈴木志郎

 | 仮名=日本大学教職員組合員



はじめに

 

2018年5月6日、東京都調布市のアミノバイタルフィールドで行われた日本大学と関西学院大学のアメリカンフットボール試合において発生した日大選手による悪質な反則行為は、相手選手を負傷させたという行為そのもののみならず、その反則が偶発的なものではなく日大アメフト部指導者による指示によるのではないか、という疑惑とともに大きな問題へと発展した。加えて、この問題をめぐるあまりにも無様な日本大学の対応が、問題をさらに拡大させた。日本大学の不手際は、単にアメフト部の問題を超えて、日本大学のガヴァナンス不全への批判、さらには法人の責任者である田中英壽理事長の個人的疑惑にまつわる批判をも喚起している。日本大学の学生たちは、この問題によって引き起こされた世間の批判のまなざしに動揺し、また心ある教職員たちは、学生たちの動揺や不安に心を痛めるとともに、この騒動が来年の受験生・学生獲得に多大な負の影響を及ぼすのではないかと懸念している。

事件発生以来の事情についてはすでに多くのメディアによって報道されており、また本論を執筆中の時期にあっても日々新しい動きがあって、この騒動がどのように収束していくのか、予断を許さない。このような場合、刻々と現れる新たな事象にのみ目を奪われるのではなく、今回の事態の背後にあってそれを条件づけ、生み出した構造的問題に注意することも重要であろう。もとより、こうした観点から日本大学の問題を明らかにしようとする論説なども現れており、田中理事長をめぐっては過去の問題までさかのぼって取り上げられている状況では、屋上屋を架すことになるかもしれないが、大学に勤務する者の立場からこの点について発言することには、やはり一定の意味があると考える。そこで、以下日本大学のこの問題に対する対応が、なぜこれほど無様なものとなったのかについて、その構造的背景について一教職員組合員の立場から私見を述べたい。なお、文中の敬称は省略する。

 

大学本部による集権的傾向の強まり

 

日本大学は、16の学部(法、経済、商、文理、芸術、国際関係、理工、生産工、工、医、歯、松戸歯、薬、生物資源科[学]、危機管理、スポーツ科[学])を擁する日本最大の私立大学である。これらの学部のキャンパスは、北は福島県郡山市にある工学部から西の静岡県三島市にある国際関係学部まで、各地に散在している。各学部の英訳名が、いつどのような経緯で確定されたのか筆者が知るところではないが、一般に学部を指すfacultyではなくcollegeを用いていることは、このように分散して存在する各学部が一定の自律性を持って運営されている/されるべきだという自己認識を反映していると考えてよいであろう。かつて盛んに言及された「部科校責任制」という方針のもと、各学部が独自の教育と研究を展開するというあり方、その多様性は大学が発展するための重要な条件であったと言える。

しかし、こうした分散型のキャンパスにはデメリットもある。大学教員はそれぞれの専門によって学部の研究と教育に密接に結びついているので、特別な事例を除いて基本的には学部間で異動が起こることはない。しかし、職員には人事異動があり、それを本部が掌握している。職員にとっては自己のキャリアに悪影響があると懸念・忖度すれば、視線はおのずと本部の方に向けられることになるだろう。またスケールメリットを生かすために日本大学では各学部の資金が本部に集められて運用されている。校舎の改築など多額の資金を必要とする大規模な事業には、本部からの認可と資金貸付が不可欠である。その結果、「部科校責任制」とは言いながら、各学部は人事とカネにおいて急所を本部に掌握されている。本部の意思如何によって各学部の事業が左右されるとなれば、各学部は本部に楯突くことができない。日本大学には、こうした組織構造的問題があるのである。

さらに言えば、各学部にはそれぞれの教授会が存在しているが、全学教授会は存在せず、そのことは全学的な問題が生じた時に、大学を構成する教員集団がその問題を全体で議論する場が存在しないということを意味している。他学部の状況について、教員たちは直接見聞きする機会をほとんど持たない。いわば各学部はそれぞれ個別に大学本部に結びつけられており、大学本部による学部のコントロールを行いやすくしている。

また、学部横断的な教職員組合も、中央に執行委員会を持つが、分散したキャンパスから会議に集まらねばならず執行委員の負担は大きくなる。それぞれの学部の教員の連携が取りにくい構造では、組合員の獲得も学部支部単位で行わなければならず、このことが日本大学の教職員組合の組織率の低さの一因になっているものと考える。加えて上記のように職員の間には自己のキャリアへの悪影響を考慮して組合加入を恐れる心性が働いているであろうから、職員の組合員の数は極めて小さい。かつて病院職員は比較的組合への加入率が高かったが、近年の多忙化などが影響して急激に組織率が下がり、ついには支部として機能できなくなった。こうして日本大学教職員組合の組織率は、都内大手私立大学の中にあっては極めて低いものにとどまっている。このこと自体が日本大学の体質の一面を表している。

このように、日本大学のあり方は、「部科校責任制」のもとでも大学本部による学部のコントロールと中央集権的な大学運営の可能性を潜在させていて、実際田中英壽現理事長体制以前にもそうした志向を顕在化させた時期があった。しかし、大学本部による集権的傾向が一挙に強まったのはやはり田中理事長のもとにおいてであると言わなければならない。

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