歴史の扉を開く朝鮮半島めぐる二つの会談

三浦一夫

みうら・かずお | ジャーナリスト



朝鮮半島をめぐって新しい歴史の流れへの扉が開かれた。

第二次大戦後、世界には不戦、平和への大道がひらかれた。しかし、その流れの中で、米ソ二つの超大国の覇権争いが激化。そのもとで、いくつかの国が分断された。民族分断の悲劇が始まり、戦後の国際情勢緊張の要因となった。そのうちの二つ、ベトナムとドイツは三十年以上かけて、自らの力と国際的支援の力によって、分断の悲劇を克服し、再統合を実現した。

しかし、半世紀近く日本の植民地支配下におかれた朝鮮半島は、日本の支配からの解放直後から、新たに米ソ両超大国の覇権主義の世界戦略のもとで、市民は民族分断、家族分断の苦しみと悲劇のもとにおかれた。それだけではない。3年間にわたる朝鮮戦争によって国土は焦土と化し、200万人を超える市民が犠牲になった。1953年、休戦が成立したが、以後70年たっても和平は実現しておらず、対立は続いたままである。

対米従属と軍事独裁政治の打倒、社会全体の民主化、そして和平と民族和解めざすたたかいの前進の中、92年春、「しんぶん赤旗」は初めて本格的な韓国取材をおこなうことができた。取材団の一員として参加した私の心をゆさぶったものは、世代を超えて広がる民主化、和平、そして再統一へのたぎるような市民の熱い思いであった。市民だけでなく政府幹部が南北和解の構想について熱く語ってくれたのが昨日のことのようによみがえってくる。

韓国国民、民衆のたたかいは、その後複雑な過程を経つつもさらに発展。その新たな到達点が「ろうそく革命」であり、文在寅(ムンジェイン)政権の誕生という歴史的事実である。四月末の南北首脳会談と「板門店宣言」、及び米朝首脳会談はそのたたかいのさらなる到達点だった。

 


 

南北首脳会談はこれまでに2回おこなわれたが、合意の具体化は必ずしも容易ではなかった。これに対して今回の「板門店宣言」は冒頭でこう明記している。「朝鮮半島にもはや戦争はなく、新たな平和の時代が開かれたことを8千万の同胞と全世界に厳粛に宣言した」、「冷戦の産物である長い分断と対決」、南北関係の画期的で全面的な改善は「全民族のいちずな願いであり、もはや先送りできない時代の切迫した要求だ」。不戦、和平実現への新たな決意をこのように強調するとともに、「宣言」はその決意を実現する具体的な課題について13項目にわたって記述している。ここに今回の会談の歴史的な重みと決意の具体化への覚悟をうかがうことができる。

不戦、平和とともに重要な半島非核化については、「完全な非核化を通じての核のない朝鮮半島を実現という共通の目標」の実現とのべている。これがその後の米朝首脳会談の文書にもそのまま盛りこまれているのは、南北と米朝の首脳会談が連動していることを物語っている。

6月12日のシンガポールでの朝鮮民主主義人民共和国の金正恩(キムジョンウン)委員長と米国のトランプ大統領の会談は、歴史上初の米国と朝鮮の首脳会談だった。朝鮮の建国以来敵対関係にあり、休戦はしたもののその後半世紀以上も敵対関係がつづいている両国首脳の会談であっただけに、世界が注目したが、重視されたのは核問題だった。その点で、公表された共同文書には米国政府やペンタゴンが主張し続けてきた「CVID」(完全で検証可能、不可逆的核放棄)の文言はなく、盛り込まれたのは「朝鮮半島の完全な非核化」であった。今回の会談を批判的に見る人たちの論点はここにある。

しかしこうした指摘は、「非核化」をもっぱら「北朝鮮の非核化」とのみ主張する、ことの本質をみないあやまった議論である。今日の朝鮮問題の根本は朝鮮半島の平和である。そして第二は、その中での核兵器問題である。朝鮮半島の核問題とは、そもそも米国が半島に核兵器を持込み、北にたいする脅しをつづけ、90年代になって地上配備の戦術核兵器は引き上げたものの核戦争の仕組みは残し、核兵器を含む大戦力を誇示するように核戦争の演習をもおこない、しかもそれに韓国や日本をまきこんでいることにある。このような経過の中で朝鮮側は、80年代末からこれに対抗するかたちで核開発に着手、製造、保有、ミサイル発射実験を実施し、対抗してきた。

重要なのは、こうした経過と双方の問題点を正確にとらえ、その上で二つの文書の中身をしっかりとつかみ、内容の具体化にすすむことである。さらに日本を含む周辺諸国は朝鮮半島の平和、非核化からさらにそれを担保する北東アジア、さらにアジアの非核、平和の仕組みづくりをめざして自らの責任を果たし、共同声明の具体化を支えてゆくことである。

このことに関連して興味深いのは、会談の米朝会談の冒頭での金正恩委員長の言葉である。「ここまでくるのはそれほど容易な道ではなかった。われわれには足を引っ張る過去があり、誤った偏見と慣行が時に目と耳をふさいできたが、あらゆることを乗り越えてこの場にたどりついた」。また会談の終わりもにこう述べたとされる。「われわれは足かせとなっていた過去を果敢に克服した」。われわれとは誰か、足を引っ張る、足かせとなっている過去とは……何だろうか。

ある専門家はこう述べている。「われわれ」とは、朝鮮側だけでなく米朝両者であり、冷戦構造と冷戦の思想からの脱却、主権と安全の保障、平和的共存の思想で取り組んでゆこうということである。そこには従来の双方の対応への反省もあるだろう。

金委員長のこの言葉に、トランプ大統領は、「信頼」「信頼関係」という言葉をくり返し、その後、米韓合同演習の当面中止を打ち出した。

二つの会談の意味を知るうえで重要なのは、ここに至る経過と二つの会談の関係を正確にとらえることである。そして、今回の二つの会談が、70年にわたる朝鮮問題を対話と交渉によって解決する道の扉を開いたということである。

 


 

米朝共同声明の到達点からの後退の可能性は決してゼロではない。米国内のいくつもの論調が指摘するように、文書への「不信」を口実に軍事力による脅しの政策に固執する勢力が新たに台頭する危険性はある。ペンタゴン内では、トランプ大統領自身のイニシアチブで作成された核兵器の小型化、実戦使用化政策のために作成された新しい核戦略(NPR)の強化が、朝鮮政策と関連づけて今も追求されているのも事実である。

また、その点で見落とせないのは、米国だけでなく韓国、朝鮮を含む周辺国、朝鮮問題で協議をつづけてきた6か国のすべてが、抑止力、拡大抑止力政策を公然と掲げ続けていることである。日本は一貫して米国の核戦略支援国家である。朝鮮は国連の核兵器禁止条約作成に参加したが、その後は欠席している。その理由について、「米国などが参加を拒否しているもとでは参加できない」とした。このことは、朝鮮半島をめぐる核情勢の危険を浮き彫りにしている。

朝鮮半島の非核化、不戦・平和の秩序の確立のためには、こうした抑止力論の克服はきわめて重要である。さらに、地域内での核兵器禁止条約の促進、核兵器廃絶の声を大きくしていくことが求められる。それは、不戦、平和の朝鮮半島、アジアの確立のために不可欠の課題となっている。

国民の力、市民の力が世界を変える。トランプ大統領はシンガポールでいきなり平和主義者になったのではない。中東の問題、国内での問題などを見れば明らかである。朝鮮半島和平という大きな課題で朝鮮・韓国、国際社会の変化、そして何より民衆の力の拡大が、少なくともこの地域での新しい秩序の構築に必要だということを認めざるをえなくなった結果である。世界の未来を開くカギはそこにある。日本の責任は、その中できびしく追及されなければならない。

(ジャーナリスト、本誌編集委員)

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